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徒然なるままに11/30

今日は久しぶりの定時あがりだったので、暇に飽かせてエントリー。

こんなところで書くのもなんですが、残念なことに私が勤めている会社は最近あまり羽振りが良くありません。そのため、今日のような月末は残業調整と称して早めに上がらされます。要するに人件費の削減です。
無理に残業する理由もないので、私なんかは言われた通りにそそくさと退社するわけですが、なぜかこういった調整が入るたびに、ごねる人たちがいます。「残業させて欲しい」と言うのです。これが正直私には理解できないんですよね。

残業とはそもそも、定時であがる権利がある従業員に会社側が残業して欲しいと申し入れて、本人が承諾した場合に成立するもののはず。その会社が残業するなと言っているのに残業したいというのは、何かがおかしいと思わざるにはいられません。

その人たちは、「仕事がたまるから」「まわりに迷惑がかかるから」と言うのですが、本来それを心配すべきなのは管理職の人たちであって従業員ではありません。工数に関わる調整を自分でしたがるのは、大げさに言えば「越権行為」ではないのかと思うときがあります。なぜなら残業はコストがかかるものだからです。(小さいことであれば当然末端でやるべきだけれど)

好意的に解釈しようとすれば、自分の仕事に対して責任感がある、と取れなくもないんですが、根っこにあるのがそういう気持ちだけでないことは彼らの仕事の内容と仕事振りから明らかです。ようするに、その人たちが残業したいのは個人的な理由なのです。「今月中に区切りの良いところまで進めたい」とか「仕事のペースを崩したくない」とかそういうことです。

日本人って不思議だなと思うのですが、仕事に対して実にウェットな人が多い。私の周りだけかもしれませんが、自己満足のような内容の仕事で延々残業をする人もいます。帰宅時間はいつも22時とか23時。1日のほとんどを仕事で終えることに空しさを感じないのでしょうか。
日本の製造業が生産システムをアジアへ移管する理由はこういうところも無関係ではないのではと思ったりします。日本人はよく働くと言われますが、これだけ残業して働いているのに他国に比べて明確なアドヴァンテージが見出せないのは、むしろ質が悪い証拠ではないでしょうか。Civilaization的に言うと「労働者の生産速度-25%」とかそんな感じな気がします。

例によってアレな内容になってきたので、いいかげん終わりにしますが、労働組合なんかがやってる「ワークライフバランスの改善」とかって運動は会社を相手にするだけでなく、組合員の教育もした方が良いんじゃないかと思う今日この頃です。

あ、ちなみに、質の良い残業をしている人ももちろんいます。そういう人の話をしているわけではないので悪しからず。

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『生物と無生物のあいだ』 読了

昨年末あたりにノンフィクション物が読みたいとここに書きましたが、そのとき知人Sが紹介してくれた本がコレでした。ずいぶん時間が空きましたが、やっと読むことができました。結論から書くと、予想以上に面白く、正味6時間ほどで読破。これは私にしてはとても早いです。大変満足しました。

この手のは科学エッセーとか呼ばれるんですかね。基本的にはノンフィクションなんでしょうけど、多分に著者の主観的なイメージや脚色、思想的なもの、もっとくだけた表現をすれば、「個人的な思い入れ」が含まれていて、そこがむしろ良かった。自分はこの手の本に客観的なデータだとか緻密な理論だとか推論といったものを期待していません。そういうのが読みたいのなら、ちゃんと教科書なり参考書なり論文なりを読むべきだと思うので。自分が期待するのは、知的好奇心をくすぐる事象の紹介、ただそれだけです。世の中にはまだどれだけ不可思議な現象、驚くべきメカニズム、ダイナミズムが存在するか。そして、人間がそういった探求課題に対してどのような情念をもって取り組んでいるのか、それが知りたいのです。そういった意味で、この本は自分にとってベストマッチした内容でした。

終章の、生きる上で必須となるはずの機能を先天的に(人為的に)破壊されたマウスが問題なく生きていく様を目の当たりにしたときの著者の驚愕とその後の感嘆は自分の心に強く訴えるものがありました。自然は恐ろしいほどに精巧で、それでいてやり直しの利かないガラス細工であり、人間の浅はかな知恵を遥かに超えるもののようです。かのアイザック・ニュートンは自分のことを真理の大海を前に波打ち際で貝殻を拾っている子供に過ぎないと言ったそうですが、それは自然科学者なら誰もが少なからず感じることなのかもしれませんね。

蛇足ですが、この本を読んで、とある解析コンサルタント会社のニュースレターに書かれていた以下の一節を思い出しました。

(前略)---多くの科学者やエンジニアは、人間が正しく自然を理解したことを自分の目で確かめたいという願望を強くもっています。この願望は善意でもあり希望でもありますが、合理性を上回る力を持ち、われわれを突き動かします。単純な善意でもなく希望でもなく野心とも割り切れない情念に人間を引き寄せる力を科学は持っています。見えるはずのないウィルスを顕微鏡の視野に追い、蹉跌の森に踏み込んでいった野口英世の心を知ることは、後世のわれわれにとって非常に難しいことであります。----(後略)

この本の根底に流れているものも、確かにこういった情念であったように自分には思えました。実際には非常に泥臭くてちっとも格好の良い世界ではないのですが、科学とは斯くも不思議なものですね。

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日常からのプチ逃避行

先日、プチツーリングに行ってきました。目的地は埼玉の小鹿野。バイクツーリングを嗜む人であれば、誰もが知っている定番どころ?バイクで町興しをしていることで有名なんだそうで。当初は8月の盆休み前後に行く予定だったんですが、私もしくは友人Aの日ごろの行いが悪いらしく、ことごとく雨に降られ、5,6回延期。先日も折悪しく台風が来るとのことで、またしてもダメかと諦め気味だったのが、前日、天気予報をみたら昼までは晴れ間が広がるとのことで「意外といけるかも?」という話になり、翌朝の天気が悪くなかったのでそのまま決行。結局、天気予報通り、お昼過ぎまでは気持ちの良い秋晴れで爽快なツーリングを楽しめました。

例によって適当に写真を掲載。

Ogano1

長瀞の岩畳。マウイのハレアカラや、フィンランドのハメーンリンなでも感じたけど、大地が岩で出来た場所って、別の星に来たような感慨を受けるんですよね。そもそも日本人は自然のままの平原に足を踏み入れる機会が少ないから慣れの問題かもしれませんが。

Ogano2

久しぶりの自然だったので、なんとなく撮ってみたり。平日だったのですが、ライン下りの船が大量の子供たちの歓声を乗せて流れてきたりして。とりあえず手を振っておきました。

Ogano3

宝登山神社の鳥居。まったく予定にない観光ポイントでしたが、地図を見て、「近くに神社があるんじゃね?」⇒「じゃいくか」的な適当なノリでGO。なんだかんだでこういった場所が一番盛り上がるのもなんだかなあ。最初からこういうところを狙って行けば良いんじゃないかという気がしないでもない。次は史跡めぐりだな。

Ogano4

神武天皇と山と火の神を祭った御社。江戸時代に立て替えられたというような説明書きがあったような気がします。この日は中で宮司さんか誰かが何かの祈願をしていたのでお参りは遠慮しました(ま、あんまり遠慮する必要なかった気もしましたが)

Ogano5

小鹿野のご当地B級グルメ、わらじカツ丼。カツというにはちょっと薄目の豚肉フライが2枚、ご飯に乗ってるだけという豪快な料理でした。お味は・・・まあ名物に何とやらという感じ。濃い味好きなら悪くないと思います。

さて、いつもプランB(※超適当の意)な我々のツーリングにあって、今回唯一の予定らしき予定であった小鹿野のバイクミュージアムですが、実際に行ってみたところ、みごとに門前払いをくらいました。なんと9月に閉鎖されたんだそうです。お、小鹿野の町おこしは・・・?。しばし相談した後、「よし、適当に帰ろう!」、ということに決まり(ようするに何も決まらず)そのまま惰性で飯能方面へドライブ。自分的にはこのときの緩い山道が走りの中では一番楽しかったです。なんかあれです、結局のところ目的もなく、時間も気にせず、景色を眺めながらゆっくり移動するのが自分は好きなんだと思いました。だってそういう移動の仕方を普段はできないんですもの。

夕方前に、刻々と近づいてきている台風の影響を気にして帰宅の途に。諸所の事情で帰宅は18時過ぎでしたが、これまでのツーリングの中では一番無理せず帰った感じ。総走行距離は278kmでした。

最後に、毎度のことですが、今回も盛大にいろいろやらかしたりしており、付き合ってくれたAさんには申し訳なさと感謝の気持ちでいっぱいであります。ちなみに次回ツーリングは静岡のガンプラ工場見学の線が濃厚です。いや、私だけかもしれませんけど。

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UNIQLO CALENDAR

他に書くべきことがたくさんあるのに、衝動的に変なネタをエントリーしてしまうダメな私。先ほど偶然目にとまったUNIQLO CALENDAR。実写なのにミニチュアっぽい、何でだろう?とついつい何分も観てしまいました。輪郭をはっきりさせてるから?早回しだから?色彩を濃くしているから?などと、素人っぽくいろいろ考えてみましたが、この手の撮影技法は結構メジャー?らしく、ちょっと調べればいくらでも解説が転がってました。それによると、本来すべてのピントが合うはずの遠景撮影でわざと一部のみピントが合うように加工することで、あたかもマクロモードでスケールの小さな物を撮っているように感じさせるのがポイントなんだそうです。へえって感じ。個人的には早回しとフレームの少なさも大きな要因って気がするのだけど、あんまり関係ないのかな。撮影技術も、奥が深くて面白いですね。

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