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どちらもお疲れ様でした

将棋のAIプログラムがプロの女流棋士と勝負したそうで。ニュースソースはこちらとか。このBlogにしては珍しく、ちょっとタイムリーな話題、と言っていいのかな。私は将棋に暗いので、残念ながら内容についてあれこれ考察することができません。きっと、詳しい人にとってはかなり興味深かい一戦だったのではないでしょうか。今回は計算機の勝利、ということですが、当然ながら前提となるプレイヤ同士の能力(のベクトル)がまったく違います。こういう前提条件の公平さをある程度無視した無差別級のような勝負は、どちらかというとお祭りに近いイベントであり、本質的には勝ち負けにあまり意味はないと思います。ただ、それを踏まえた上で外野があーだこーだと盛り上がれる楽しい話題なのも確かだし、当の本人や将棋連盟も、「これは公式戦ではない」と心のどこかで一定の距離をとりつつ、それでも勝負は勝負であり、負けたら悔しかったりするのかもしれませんね。

ところで今回、コンピュータ側は4つのプログラムに次の一手を計算をさせ、それぞれの結果を合議(多数決?)して最終的な一手にしたようです。私のような素人は、そのときそのときの最善手ばかり追求すると、一貫した作戦も何もなくなり、長い目で見ると悪手だらけになってしまうのではと心配になるのですが、プロに勝ったということはちゃんと流れを考えて決められていたということなんでしょうね。どんなアルゴリズムになっているのか興味があります。しかし人間と同等の思考力(それも1種類のゲームの)を得るために、まだこれだけの装置が必要なんですね。169台のPCクラスタというのは、たった6時間でも安定してフル稼動させるにはかなりの技術力が必要です。東京大学の人も対戦中にダウンしないかハラハラしてたんじゃないでしょうか。(まあ冗長系も用意されていたと思いますが) こういう話を聞くとむしろ人間の思考力のポテンシャルが如何に高いかを感じてしまいます。

昔、チェスのグランドマスターにIBMかどこかのコンピュータが勝負を挑んで2勝1敗でチャンピオンを下した、という話を聞いたことがあります。このとき、チェスよりもルールが複雑な将棋では人間がまだ有利なのではないか、と言われていましたが、今回の結果はここ数年の間にその差が縮まったと考えて良いのかもしれません。ただ、人間もコンピュータもまだまだ伸びシロがあるはずで、前述のチェスでは数年後に人間とコンピュータが再戦したら引き分けだったという話もあります。アブストラクト(偶発性が完全に排除されたゲーム)では、お互いのプレイヤが極まると、○×ゲームのように必ず引き分けになるものだと私は考えています。というよりも、最高の知性同士が対決すると引き分けになるのが優れたアブストラクトゲームだと思います。ただ、将棋はルールが複雑なので、現時点では必勝手が人間もコンピュータもまだ読みきれない。だからこそ勝負として面白いわけで、そういう意味では、まだまだこの手の挑戦は続くでしょう。

将棋はゲームです。人間がお互いの知性を競い合う、とても奥の深い遊びだと思います。AIは、やっとその人間と頂点を競い合える相手になりました。そして、そこまでプログラムを育て上げたのも、同じ人間の知性です。私はこの手のニュースが好きです。なぜなら、どちらが勝っても、それは人間の知性が勝利した証だからです。特にコンピュータに対する気持ちは、子供たちの成長を見守る大人の心境に近いかもしれません。今回、相手をした女流棋士が試合後に残した言葉にも、そのことが現れていて、とても良かったです。

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Comments

意外と話題になってるよね。AIの進歩を感じた。人間側がコメントしてるように1番勝負ってところが惜しい。たまたまツボにはまっただけかもしれない。そこを検証してほしいね。
ところで将棋に必勝手は存在するのだろうか。囲碁はどうだろう。1手目からここが必勝という手はなく、お互いの手を重ねるうちに勝敗の行方が定まっていくのではないかな。必勝手が存在するけど読みきれていないのではなく、存在していないのだと考えています。もし囲碁で”引き分け”というなら先手後手を同じだけやって勝率5割なら引き分けかなぁ。ちなみにオセロだと6×6マスならお互い最善を尽くしてもどちらかのプレイヤーが勝つ(白か黒か忘れた)と読んだ記憶がある。通常の8×8マスだと少なくとも人間は必勝パターンを知らないらしい。

Posted by: ササキ | October 15, 2010 at 01:01

必勝手って言い方は語弊があったかな。ササキの言う通り最善手だね。いずれにしても人間もCOMもまだ将棋の展開を少ししか見通せないって言いたかった。ビン取りゲームってあるじゃない。知ってると思うけどあれは先行必勝ってことがもう分かってる。なぜ分かるかというと、ルールが単純で展開を予想し易いから。一手目から誰でも最善手を打てる。6×6オセロの話も同じだよね。最善手というのは、相手がどんな手を打ってもそれに対応した手を打つことで100%勝ちパターンに持っていけるってことだよね。
で、将棋の場合は確かにそういう最善手が1手目からは無いように感じるかもしれないけど、でもアブストラクトゲームである限り、究極的には同じなんじゃないかというのが自分の考え。将棋は基本的に一手の選択肢が最大で91あって(成ってる駒があったり、持ち駒を打ったりするとさらに増えるけど)あまりにパターンが多すぎて、最善手が見えにくいだけなんじゃないかな。一回の対局はだいたい100手ぐらいで勝負がつくって聞くから、大雑把に91の100乗通りのパターンを解析できる計算力があれば、理屈の上では最善手を読めるんじゃなかろうか。ただし最善手は1通りじゃないかもしれないし、相手も最善手を尽くした場合、将棋の場合は千日手になる可能性もあるね。あ、それよりも、もしかしたら序盤は何でも最善手かもしれないね?ササキはそれが言いたかったのかな。それはなんとなくありえる気がする。
ただ現実的に考えて、コンピュータが91の100乗なんて計算を瞬時にできるようになるまで進歩する頃にはとっくに人類が滅んでると思う(笑)将棋が完全に解析されることはないんじゃないかな。だからこそ、最善手じゃないけど出来る限り最善手に近いものを予測するプログラムの工夫のし甲斐があるわけで、今の人間とCOMの勝負が面白いんだよね。

Posted by: 通りすがりの管理人 | October 15, 2010 at 23:46

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