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中世に生きる(その5)

武力を維持するには相応の財力が必要です。兵士たちはボランディアで私と共に戦ってくれるわけではないからです。一定期間毎に支払う賃金、街での滞在費、食費、兵士たちの力量に合わせた装備のアップグレード費用などは、全て私財から賄わなければなりません。したがって、そのような支出に見合う収入元を早急に見つける必要がありました。あちらこちらを放浪して回った結果、この世界でまっとうに稼ぐ方法は大きく分けて6つあることがわかりました。

 1.無法者を成敗する(彼らの所持品や捕虜にした者を売る)
 2.交易をする
 3.依頼を受けて仕事をこなし、報酬をもらう
 4.職人を集めて街で生産小屋を開設し、物を作って売る
 5.貴族諸侯や王に傭兵として雇ってもらう
 6.貴族諸侯や王に忠誠を近い領主になる

1は、そこらの無法者に喧嘩をふっかければ良いだけですので、ある意味とても簡単です。戦力が整っていれば倒すのもそれほど難しくなく、戦利品を売れば多少の金になり、運良く捕虜にできれば奴隷商人に渡すことでそこそこまとまった金にもなるのです(ただし捕虜を扱うにはノウハウが必要です)。
しかし無法者もバカではありません。こちらの規模が大きくなると、彼らはとたんに姿をくらましてしまいます。やっと見つけたと思っても、あっという間に視界から消えてしまうことも少なくありません。ここでポイントになるのが行軍速度です。逃げる相手に追いつくにはこちらの移動速度をあげるしかありません。行軍速度は隊の規模と兵種のバランスによって決まります。平たく言えば、歩兵を増やして戦力の増強を図ると行軍速度が遅くなってしまうということです。かといって行軍速度のために戦力を抑えると戦闘による被害が大きくなります。効率良く野党狩りをするには戦力(兵種)と行軍速度のバランスをとる必要があります。

2は、基本的には戦いを必要としない平和な仕事です。街の市場へ行き、売れそうなものを見極め、私財を投入して買い込み、別の街で仕入れ値よりも高く売るのです。言うは易しですが、大きな利益を得る為にはそれなりの目利きや経験が必要になります。私の隊にはこうした交易に通じている者が参加しており、彼女のおかげで安定して収入を得ることができています。なお、高価な物を運んでいるときなどは、ならず者どもが群がることもありますが、前述のように戦力さえ整えておけばそれほど怖くはありません。むしろ金袋が向こうからやってきたと喜ぶべきでしょう。

3は、お金を稼ぐ手段としては難しい部類に入ると思います。仕事は主に街のギルドマスターや酒場で困っている農民と話をするなどして請け負います。また貴族諸侯や国王に謁見して仕事をもらえることもあります。仕事を完遂すると、前者の場合は街や村での待遇が、後者の場合は依頼主の覚えが良くなることがあり、他の道が開けることもあるでしょう。というよりも、依頼の内容によっては苦労する割りに実入りがすくないこともあるため、金儲けよりもむしろ地位の向上を目的として仕事をこなすのが良いかもしれません。
なお、もっとも簡単な仕事は誰々に手紙を渡して欲しい、という類のもので、面倒なのは盗賊や海賊の討伐(見つけるのに時間がかかる場合が多い)、そして私がもっとも嫌いなものが税の取立て代行です。人の恨みを買うことになるので、よほど困っているとき以外は断ることにしています。

4は、街のギルドマスターに話を聞いただけで、まだ実践してません。恐らく、元手となる多くの資金が必要ではないかと想像しています。生産小屋を建てる土地の需要を見越して生産品を選定する必要があるそうです。これが上手くいけば、街から街へ移動する必要がなくなり、兵士を雇う必要もなく、安寧に暮らせるのでしょうか?しかしそれは私の目指すところではない気がします。

5、6は、忠誠を捧げられる主人を見つけてその者の領地を外敵から守り、ときには領地の拡大を図る主人の命に従って戦い、その見返りとして報酬をもらうということです。これこそがまさに武術を学び武術に生きる私の望む人生だと考えます。問題はどの国の誰に仕えるか、ということですが、現時点では特に選り好みをする理由がないため、一期一会を大切にしようと思いつつ各国を巡る毎日です。

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中世に生きる(その4)

あれから数ヶ月が過ぎました。私は多くの村や城下町を訪れ、何人もの諸侯や貴族、王たちに謁見し、そして数え切れないほどの盗賊や海賊、追いはぎ共と剣を交えました。そうして私は少しずつこの世界で生きていくためのルールを覚えたのでした。
根底にあるのは武力。何をするにしてもそれを抜いては考えられません。もともと大帝国の一部であったこの地に6つの王国が生まれ、それぞれが帝国の継承権を主張するこの時代では争いが絶えることはなく、夜警国家という国の最低限の体ですらおぼつかないのが現状なのです。街道には常に危険が待ち受けており、隣の村へ移動するのですら命がけと言ってもあながち大げさではありません。無法者たちは徒党を組んでいます。私は幼少の時分より十分な武術を学んできたとはいえ、おとぎ話に出てくる勇者のように、妖しげな技を使ったり、一時に何人もの相手と戦ったりできるわけではありません。数には数で対抗するしかないのです。ならず者どもは10~20人、多いときは25人程度で一団を成しています。そこで私は、常に30名を下回らないよう、兵を確保しながら行動することにしました。そうすることで不意の会敵にもある程度対処できるようになったのです。ただし、脱走兵だけは要注意でした。彼らはかつて所属していた組織から優れた武器や防具、馬を持ち出している場合が多く、生半可な戦力では太刀打ちできません。私は何度も彼らに打ち負かされて捕虜になり、あちこち連れ回されました。
ところでもう一つ、大きな戦力となりえるのは、酒場にたむろしている同志です。大きな街にはかならず酒場があり、吟遊詩人や奴隷商人などがいるものですが、まれに誰かと一緒に旅をしたいと考えている私のような冒険者がいるのです。彼や彼女らは特殊な技をもっている者も多く、戦いの場だけでなく交易や拠点から拠点への移動でも大きな力になってくれます。私は3人ほどそのような人物と仲良くなり、行動を共にしています。一人は足跡の追跡や移動し易い経路の選定といったレンジャーの技に長けた男、一人は傷の手当などに通じている女性、そして私以上に武芸達者な謎の自称貴族です。彼ら旅の仲間と一般兵の混成軍となった私の一団は比較的安全に世界各国を巡ることができるようになりました。

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中世に生きる(その3)

自らの不注意によって同志を3人を失いはしたものの、あの戦いで私は野戦についていくばくかの経験を積み、さらに追いはぎが身に着けていた物を戦利品として得ることができました。少なからず罪悪感はありましたが、これからは同志へ賃金を支払う必要もあるため、正義の行いに対する正当な報酬と考えることにしました。戦利品はすぐに街で売り払い、数十枚の金貨に換えました。これからの生活を考えると十分とはいい難い額でしたが、いずれにしても、ならず者を成敗することで多少の収入を得られることが分かったのです。

それから数日間、私は再び村をまわって兵を集めました。十分な人数が集まったところで街の商人のところへ戻ると、男はさっそく盗賊のアジトへ乗り込んで弟を助けて欲しいと願い出ました。もとよりそのつもりだった私は数日後、盗賊のアジトを見つけ、夜の闇に乗じて6名の同志とともに襲撃をかけました。油断をしていた盗賊どもは大した抵抗もできず、次々と正義の刃の前に倒れていきました。そして一人の被害も出さずアジトを制圧すると、目的の人物を連れ出し、意気揚々と凱旋することができたのです。
この活躍により少なからず名声を得た私はとても満足しましたが、事はこれで終わりませんでした。街の商人によると、以前話をしていた、街の中に盗賊を引き入れている人物が、なんと警備隊長その人だと分かったというのです。これにはとても驚きましたが、警備隊長が最近、欲に目がくらんで商売に手を出し、そのうえ失敗したことで財産を失っていた、という話を聞いて納得しました。街の治安を守るはずの人物が街を危険にさらしているという事実を見過ごすわけにはいきません。私は再び同志をまとめると、警備隊長を逮捕ため館にのりこみました。その戦いは壮絶なものでした。盗賊団とは違い、装備も充実し、統率もとれている警備兵たちは次々と私の同志を打ち破り、私自身も危うく天に召されそうになりましたが、ぎりぎりのところでなんとか勝利を手にすることができました。
捕まえた警備隊長を街の商人に引き渡すと、彼は警備隊長を国王のところへ連れて行き、ことの次第を伝えると言って早々に出発しました。そして数日後、再び商人に会って首尾を尋ねると、彼は疲れた顔で上手くいかなかった旨を告げたのでした。警備隊長が不正を働いていたことを暴いたことで、かえって王の不況を買ってしまったというのです。王は自分の監督不行届きを指摘されたことが不愉快だったのだろうと男は言いました。私は、なんと器量の小さい王であろうかと思うとともに、この封建制の世の恐ろしさを改めて感じたのでした。街の商人は近いうちに私財を整理してこの地を離れるつもりだと寂しそうに言って、私の前から去りました。

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中世に生きる(その2)

金貨100枚を手に、私は近隣の村をまわりました。村には日々の生活に追われる人々が暮らしており、中には代わり映えのない生活に嫌気がさした者もいました。私はそんな若者に話をつけ、協力してもらえるようお願いをしました。報酬として一人金貨10枚を出すと申し出ると、3つほど村を巡った頃には4人の協力者が集まっていました。それは初めてできた仲間であり、小さいながらもパーティと呼べるものでした。私は自分の私兵がいることが嬉しく、気を大きくしてしまったのか、その後、大きな過ちを犯してしまいました。
街の商人に依頼された5人の仲間を集めるまで、あと1人、というところで日が暮れました。太陽の光がない時間にフィールドに出ることは危険だと認識はしていましたが、次の目的地が比較的近かったので、私は移動を強行しました。そしてその道中、追いはぎの集団に遭遇してしまったのです。曰く、「兄弟、ここを通りたければ、金か命のどちらかを差し出しな!」 威勢はいいのですが、相手はなんと裸です。雪が降ってるのに裸です。手に持つ得物もそこらへんの包丁のようです。ちょっと気の毒な気もしましたが、相手の数は12人。こちらは私を入れて5人。圧倒的な戦力差です。私はここで逃げるのは騎士道に反すると思い(正直に言うと逃げ方がよく分からず)、4名の部下に総攻撃の命令を下しました。当然、私も先陣をきりました。
戦場は雪に覆われた丘陵でした。騎乗しているのは敵味方の中で私だけです。こんな地形でまともに馬で動けるのか心配になりましたが、試しに雪の斜面を進んでみると案外安定していたので、構わずそのまま突進しました。ならず者の数は多けれど、まったく統率されておらず、団子状になって向かってくるだけでしたので、私は馬の機動力を生かしてヒット&ウェイ戦法でじわじわと敵を減らしました。しかし、このとき私は同志たちに的確な指示を出すことを忘れていたのです。彼らは徒歩だったので、一部がならず者とまともに切り合ってしまい、数の差によって次々に倒れていきました。数分後、ならず者はなんとか全滅させたものの、その代償として4名中3名の同志を失いました・・・。

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中世に生きる(その1)

父は地方の領主に仕える衛兵でした。給料が安く、一家が食べていくのに十分な収入がなかったため、物心ついたころから私は領主の館に入りました。そこでは腰を低くして主人の一家に仕えることを身につけ、また彼らがチェスに興じ、噂話を花を咲かせ、武勇伝や宮廷恋愛の詩を吟じる姿を目の当たりにし、しだいに大人の世界を学んでいきました。
あるとき転機が訪れました。武勇の才能が認められ、領主に仕える従士となったのです。それからは来る日も来る日も修行にあけくれ、また、主人に対する恩義、家臣へ対して追う義務のなんたるかを教えられました。しかし学んだのは騎士道の理想だけではありません。非情な政治、裏切りと謀略など、老騎士が聞かせてくれた話から、世界の暗い部分も学んだのでした。
やがて私は放浪の旅に憧れを覚えるようになりました。この広い世界を自分の足で見て回りたくなったのです。その思いは日に日に強くなり、ついに抑えきれなくなったある日、意を決して主人に申し出ました。その結果、地位や財産を全て失いはしましたが、晴れて私は自由の身となったのです。
体に馴染んだ剣と防具、そして盾を身につけ、愛馬に跨った私は住み慣れた土地に別れを告げました。

それまでに聞いてたこの世界の様々な噂話を思い出しながら、私は初めの行き先を考えました。そしてまず、北方の大国の街へ向かう隊商に同行することにしました。凍てつく北風が吹きすさぶ高地は、一年の大半を雪と氷に閉ざされてはいますが、森には毛皮が取れる動物が数多く生息し、川も魚であふれかえっていました。その豊かな自然は人々をひきつけ、また同時に野党などのならず者たちをもひきつけていました。道中、毛足の長い馬にまたがった怪しげな人影が雪に覆われた丘の上から隊商をじっと見つめていたことも一度や二度ではなく、ボルク川が流れる広大な谷の向こうに街の尖塔が見えたときは、心の底から安堵したものでした。

街に到着し、隊商と別れて宿に着いた私はくたくたに疲れていました。それでも明け方には起き出し、街を探索することにしました。まだ時間が早いため通りには人影がありません。
と、突然、身の毛が逆立つような音を耳にしました。それは剣が鞘から抜かれる音でした。私も反射的に腰の長剣を抜き、四方に目を配りながら盾を構えました。その男は3軒向こうの通りの角から短剣のようなものを手にゆっくりと近づいて来ました。理由は分かりませんが私を襲おうとしているのは明らかでした。一瞬、背中に吊るしたクロスボウで狙い撃とうか迷いましたが、この間合いでは弦を引く時間はないと判断し、そのまま盾を正面に構えつつ相手の出方を伺いました。近寄って来た男は顔中に髭を生やし、身なりも汚い、いかにもならず者といった風情でした。上段から1撃、2撃振り下ろされた短剣を盾で難なく防ぎ、手薄になった胴を長剣で薙ぐと、あっさり男は倒れました。こんな街中に野党が出没するとは、この街の治安状態は悪いのだろうか?血溜まりの中に無言でつっぷす男を見下ろしながら思案していると、遠くから今度は町人と思わしき格好をした男が小走りに近寄ってきました。その男は私の戦いぶりをひとしきり賞賛し、話したいことがあるので自分の家まで来てもらえないかと言いました。この件についての情報が欲しかった私はひとまず承諾して男について行くことにしました。

家につくと男は私を中に引き入れ、扉を閉めた後、しばらくそこで外を伺っていましたが、尾行されていないと判断したのか、安堵の表情を浮かべて私に向き直りました。男はこの街の商人だと自己紹介し、まずは私が無事だったことを喜びました。男によると、今、この街ではあのような盗賊が頻繁に出没しているとのことで、早朝や夕暮れ時になると住人はほとんど家に閉じこもるような生活をしなければならないのだそうでした。その原因は、隣国との国境紛争によって街の警備隊がかり出されてしまい、街道の警備が手薄になってしまっているから、というのが一般的な見解のようでしたが、男は別の可能性を考えているようでした。それは、街の中に盗賊の手引きをしている者がいるということでした。そして実は先日、男の弟もそういった盗賊に囚われて行方不明になってしまっているのだそうでした。弟は素行が悪く、多分に自己責任ではあるものの、家族を見捨てたとの噂が商売に悪影響を与えることを恐れているようでした。しかし、だからといって盗賊たちに身代金を渡したくはないらしく、男は次のような提案をしました。それは近隣の村を巡って腕の立つ者を5人ほど集め、盗賊のアジトをつきとめて弟を救い出して欲しいというもので、その資金として金貨100枚を渡す準備があるとのことでした。私は他に目的も無く、また名声を集める第一歩として適切な案件であることを考え、承諾することにしたのでした。

(続く・・・かもしれない)

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徒然なるままに9/18

久々の徒然な話。お盆明けから怒涛のように押し寄せていた仕事が、今週に入ってやっと落ち着きました。と同時にやっとこさ涼しくなってきたので、密かに中断していた自転車通勤も昨日から再開。しかし暑さ寒さも彼岸までとは本当によく言ったものですね。今日はまた暑いけど。

以下、仕事でテンパッてる時期に徒然考えてたことを適当に。

『ホーキング先生宇宙を語る』
なんか一部宗教家から批判も出ているようですが、ホーキング先生は「不要」とは言っていなくて。"It is not necessary to invoke God to light the blue touch paper and set the universe going."(神を煩わせる(呼び覚ます)までもない)というニュアンスではないかなと。まあ微妙ですね、ちょっと不用意な発言ではあるなと思いました。センシティブな領域なので先生も気苦労が多いのかもしれません。余談ですが個人的には「科学」と「信仰」は問題なく共存可能だと考えています。
それにしても、これまで人間の理解が及ばなかった領域が、いずれ証明可能な理論によって説明されていくのかもなあと思うと、感慨深いものがありますね。人間の英知はどこまで広がることが許されているのでしょうか。

『レクサスISのマイナーチェンジについて』
車関係の話題で今のところ今年一番残念な出来事。まんまAudiです。夜間、ポジショニングLEDが後ろから迫ってきて自分を追い抜いて行く。その独特な配置から「Audiだ」と分かる(慣れてくるとA3、A4、A5、A6、TTのどれかも分かる)そのときのあの背中がゾクっとする感覚、間違いなく、それは数あるAudiアイデンティティの一つだったと自分は思っていました。これからは、レクサスISかもしれないと考えなくてはならない、それだけでAudiファンの自分は白けた気分になります。それが自国の車メーカーの所為であることが、とても残念です。技術を真似るのはある程度許容できるけど、意匠を真似るのは無粋としか思えない。トヨタは車作りにもう少し誇りを持って欲しい。少なくともプレミアムカーを作りたいのなら。

BMWジャパンの社長だったコルドア氏はかつてこんな発言をしていたそうです。「プレミアムカーとは、ただ値段が高いとかサイズが大きいことを言うのではない。「何にも似ていないこと」「本物であること」そして「伝統があること」が条件だ。たとえ価格が300万円でも、我々の作る車はプレミアムカーである。」と。私は正直BMWはそれほど好きではありませんが、それでもAudi同様、道を走るBMWには一定のオーラがあると感じています。あの独特のグリルデザイン(一部では豚の鼻と揶揄されたりもしますが)は、やはりBMWの数あるアイデンティティの一つです。それを安易に真似た車を他社が作ったとしたら、私はそのメーカーを軽蔑するでしょう。

『Audi A7 Sportback』

惚れてしまいました。一時期、暇があるとこの車のことばかり考えてました。やはり洗練された4ドアクーペは美しい。
まあ、雲の上の存在です。ちなみに自分の最終目標はA5Sportback。これは割りと本気です。嫁は鼻で笑ってますが。

●『たまたま読んだ伊集院光のエッセイの一文』

すぐに購入した家電量販店にパソコンを持っていくと快く「すぐにメーカーに頼んで無料修理をいたしますので、3週間お預かりいたします」という。3週間は少々痛いが、無料で直るのならいたしかたがない。と、パソコンを預けて帰宅。ここまでは良かったのだが…。
 3週間後、家まで宅配便で送ってくれるといっていたパソコンが届かない。問い合わせてみると、なんだかんだあった後に「メーカーに直接聞いてほしい」ということになった。
  その通り問い合わせてみると、メーカーの担当者が「すみません、あと3週間かかります」としれっというではありませんか。10年後の約束が3週間延びるのならばしれっといわれても仕方ないが、これでは倍の時間がかかるということではないか。びっくりして「ちょっと待ってください。これは仕事で使っているパソコンなので、そんなにかかるのならば最初にそういってもらわないと…一体どういうことなんでしょう?」といい返すと「少々お待ちください」と電話を保留する担当。
「三週間後に出来ます」っていって、三週間後に電話をかけたら「後三週間」ってどういうことだ? 修理作業20日目にして新たに3週間かかることが判明したってことか? そうじゃなければどこかで期日延長の連絡があってしかるべきじゃないのか?
 考えていると3分後「明日出来ます」ときてまたびっくり。先ほどの僕の声に多少不満のトーンはあったかもしれないが、誓って怒鳴ったり声を荒げたりしていない。いやいや、そんな問題じゃない。こんないいかげんな対応があるだろうか?
  僕が最初に「わかりました」といっていたら、どうなっていたんだ? 間違いなくまた3週間待たされたはずだ。これが「ごね得」というやつか? いや「ごね得」なんかじゃない「ごねない損」を回避しただけで、得なんてしちゃいない。不愉快な思いをした分まだ少しばかりの損だ。
 本当は「ちょっと待ってくださいその対応はおかしいでしょう、3週間といったり明日といったり…」と詰め寄るべきなのだろうが、そうなるとクレーマー扱いされるという恐怖があったし、何より僕は「早くパソコンが手元に届くならいいや」という気持ちでそれ以上話をせずに電話を切ってしまった。
 あとで「『クレーマーだから順番を早めてサッサと渡しちゃおう』ということだったのかも…」と思ったらなんか自己嫌悪と怒りの入り混じったひどく屈辱的な気持ちになった。
  僕はこういうことが嫌いだ。うまくいえないが、こういう応対が世の中をどんどん悪くしていると思う。「素直に承諾したものが損をする」というシステムは絶対に違う。こんな経験のせいで僕は次にこういうことがあっても一度訊き返すことだろう。正しいことをいってくれていても素直に「ではよろしくお願いしま す」ということはできないだろう。メーカーは期日がかかることが正当な理由なら毅然とした態度で譲らないべきだし、ミスがあるなら謝るべきだ。ひいてはみんなごね得を狙うようになる。絶対にメーカーもしっぺ返しを食う。
 結局翌日の夜、パソコンは手元に届いたが、僕は少しダメになった。

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さすが中二病患者を自称するだけのことはあって、とても純粋な思考の持ち主なんだなあと、ちょっと感心。気持ちはとても分かる。けれど、この手の話は世の中いくらでもあって、誰か一人がいい加減なことをしていてそれが原因、ということはほとんどないのではと自分は思う。上の話の担当者だって、そんな対応はしたくなかったのかもしれないけれど、会社の方針やカスタマセンターの実情、上司の指示、やむにやまれず良心の呵責を感じながら遂行していることだって十分ありえる。というか大手であればあるほど、末端の勝手な行動は規制されていて、ほとんどマニュアル通おりに動かざるを得ないケースが多いのではないかなあ。以前どこかで書いた気がするけど、企業というのは顧客の要求を効率よく最大限に満足させる方法を常に考えている。一見、客を馬鹿にしたような対応をしていても、それは自分だけでない顧客全体でみたときにもっとも効率よく満足度を与えられる対応方法なのだと思う。平たく言えば、全体の満足度を上げるために、個の満足度が蔑ろにされる可能性がある、ということ。そういう体質が世の中をダメにする、この場合は「みんながゴネ得を狙うようになる」というのは、確かに自分もそう思うけれど、メーカーはしっぺ返しを食うことは恐らくないでしょう。なぜならゴネる人が増えればそれなりの対応に変更するでしょうから。言い換えると、みんながゴネないから、上の話のようにゴネる人だけ順番を早めたりということが可能(顧客全体の満足度につながる)のだと思います。企業というのはそういうもので、自分はこういったところが資本主義社会の嫌らしい部分だと思いますが、まあこの感じ方は人それぞれでしょう。ドライな人の中には、むしろ分かりやすくて良いと思っている人もいるだろうなと思います。でも、自分は伊集院光のような考え方がとても好きだし、そういう人がいると分かったことが、とても嬉しかったです。

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