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徒然なるままに9/18

久々の徒然な話。お盆明けから怒涛のように押し寄せていた仕事が、今週に入ってやっと落ち着きました。と同時にやっとこさ涼しくなってきたので、密かに中断していた自転車通勤も昨日から再開。しかし暑さ寒さも彼岸までとは本当によく言ったものですね。今日はまた暑いけど。

以下、仕事でテンパッてる時期に徒然考えてたことを適当に。

『ホーキング先生宇宙を語る』
なんか一部宗教家から批判も出ているようですが、ホーキング先生は「不要」とは言っていなくて。"It is not necessary to invoke God to light the blue touch paper and set the universe going."(神を煩わせる(呼び覚ます)までもない)というニュアンスではないかなと。まあ微妙ですね、ちょっと不用意な発言ではあるなと思いました。センシティブな領域なので先生も気苦労が多いのかもしれません。余談ですが個人的には「科学」と「信仰」は問題なく共存可能だと考えています。
それにしても、これまで人間の理解が及ばなかった領域が、いずれ証明可能な理論によって説明されていくのかもなあと思うと、感慨深いものがありますね。人間の英知はどこまで広がることが許されているのでしょうか。

『レクサスISのマイナーチェンジについて』
車関係の話題で今のところ今年一番残念な出来事。まんまAudiです。夜間、ポジショニングLEDが後ろから迫ってきて自分を追い抜いて行く。その独特な配置から「Audiだ」と分かる(慣れてくるとA3、A4、A5、A6、TTのどれかも分かる)そのときのあの背中がゾクっとする感覚、間違いなく、それは数あるAudiアイデンティティの一つだったと自分は思っていました。これからは、レクサスISかもしれないと考えなくてはならない、それだけでAudiファンの自分は白けた気分になります。それが自国の車メーカーの所為であることが、とても残念です。技術を真似るのはある程度許容できるけど、意匠を真似るのは無粋としか思えない。トヨタは車作りにもう少し誇りを持って欲しい。少なくともプレミアムカーを作りたいのなら。

BMWジャパンの社長だったコルドア氏はかつてこんな発言をしていたそうです。「プレミアムカーとは、ただ値段が高いとかサイズが大きいことを言うのではない。「何にも似ていないこと」「本物であること」そして「伝統があること」が条件だ。たとえ価格が300万円でも、我々の作る車はプレミアムカーである。」と。私は正直BMWはそれほど好きではありませんが、それでもAudi同様、道を走るBMWには一定のオーラがあると感じています。あの独特のグリルデザイン(一部では豚の鼻と揶揄されたりもしますが)は、やはりBMWの数あるアイデンティティの一つです。それを安易に真似た車を他社が作ったとしたら、私はそのメーカーを軽蔑するでしょう。

『Audi A7 Sportback』

惚れてしまいました。一時期、暇があるとこの車のことばかり考えてました。やはり洗練された4ドアクーペは美しい。
まあ、雲の上の存在です。ちなみに自分の最終目標はA5Sportback。これは割りと本気です。嫁は鼻で笑ってますが。

●『たまたま読んだ伊集院光のエッセイの一文』

すぐに購入した家電量販店にパソコンを持っていくと快く「すぐにメーカーに頼んで無料修理をいたしますので、3週間お預かりいたします」という。3週間は少々痛いが、無料で直るのならいたしかたがない。と、パソコンを預けて帰宅。ここまでは良かったのだが…。
 3週間後、家まで宅配便で送ってくれるといっていたパソコンが届かない。問い合わせてみると、なんだかんだあった後に「メーカーに直接聞いてほしい」ということになった。
  その通り問い合わせてみると、メーカーの担当者が「すみません、あと3週間かかります」としれっというではありませんか。10年後の約束が3週間延びるのならばしれっといわれても仕方ないが、これでは倍の時間がかかるということではないか。びっくりして「ちょっと待ってください。これは仕事で使っているパソコンなので、そんなにかかるのならば最初にそういってもらわないと…一体どういうことなんでしょう?」といい返すと「少々お待ちください」と電話を保留する担当。
「三週間後に出来ます」っていって、三週間後に電話をかけたら「後三週間」ってどういうことだ? 修理作業20日目にして新たに3週間かかることが判明したってことか? そうじゃなければどこかで期日延長の連絡があってしかるべきじゃないのか?
 考えていると3分後「明日出来ます」ときてまたびっくり。先ほどの僕の声に多少不満のトーンはあったかもしれないが、誓って怒鳴ったり声を荒げたりしていない。いやいや、そんな問題じゃない。こんないいかげんな対応があるだろうか?
  僕が最初に「わかりました」といっていたら、どうなっていたんだ? 間違いなくまた3週間待たされたはずだ。これが「ごね得」というやつか? いや「ごね得」なんかじゃない「ごねない損」を回避しただけで、得なんてしちゃいない。不愉快な思いをした分まだ少しばかりの損だ。
 本当は「ちょっと待ってくださいその対応はおかしいでしょう、3週間といったり明日といったり…」と詰め寄るべきなのだろうが、そうなるとクレーマー扱いされるという恐怖があったし、何より僕は「早くパソコンが手元に届くならいいや」という気持ちでそれ以上話をせずに電話を切ってしまった。
 あとで「『クレーマーだから順番を早めてサッサと渡しちゃおう』ということだったのかも…」と思ったらなんか自己嫌悪と怒りの入り混じったひどく屈辱的な気持ちになった。
  僕はこういうことが嫌いだ。うまくいえないが、こういう応対が世の中をどんどん悪くしていると思う。「素直に承諾したものが損をする」というシステムは絶対に違う。こんな経験のせいで僕は次にこういうことがあっても一度訊き返すことだろう。正しいことをいってくれていても素直に「ではよろしくお願いしま す」ということはできないだろう。メーカーは期日がかかることが正当な理由なら毅然とした態度で譲らないべきだし、ミスがあるなら謝るべきだ。ひいてはみんなごね得を狙うようになる。絶対にメーカーもしっぺ返しを食う。
 結局翌日の夜、パソコンは手元に届いたが、僕は少しダメになった。

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さすが中二病患者を自称するだけのことはあって、とても純粋な思考の持ち主なんだなあと、ちょっと感心。気持ちはとても分かる。けれど、この手の話は世の中いくらでもあって、誰か一人がいい加減なことをしていてそれが原因、ということはほとんどないのではと自分は思う。上の話の担当者だって、そんな対応はしたくなかったのかもしれないけれど、会社の方針やカスタマセンターの実情、上司の指示、やむにやまれず良心の呵責を感じながら遂行していることだって十分ありえる。というか大手であればあるほど、末端の勝手な行動は規制されていて、ほとんどマニュアル通おりに動かざるを得ないケースが多いのではないかなあ。以前どこかで書いた気がするけど、企業というのは顧客の要求を効率よく最大限に満足させる方法を常に考えている。一見、客を馬鹿にしたような対応をしていても、それは自分だけでない顧客全体でみたときにもっとも効率よく満足度を与えられる対応方法なのだと思う。平たく言えば、全体の満足度を上げるために、個の満足度が蔑ろにされる可能性がある、ということ。そういう体質が世の中をダメにする、この場合は「みんながゴネ得を狙うようになる」というのは、確かに自分もそう思うけれど、メーカーはしっぺ返しを食うことは恐らくないでしょう。なぜならゴネる人が増えればそれなりの対応に変更するでしょうから。言い換えると、みんながゴネないから、上の話のようにゴネる人だけ順番を早めたりということが可能(顧客全体の満足度につながる)のだと思います。企業というのはそういうもので、自分はこういったところが資本主義社会の嫌らしい部分だと思いますが、まあこの感じ方は人それぞれでしょう。ドライな人の中には、むしろ分かりやすくて良いと思っている人もいるだろうなと思います。でも、自分は伊集院光のような考え方がとても好きだし、そういう人がいると分かったことが、とても嬉しかったです。

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Comments

修理の話。3週間の約束で1日遅れたんだから、伊集院さんがダメになったわけじゃないと思うんだけど。。。自分さえ良ければ、という行為が嫌いなんだろうけど、むしろ値切ったりすることが苦手な人なんだろうと思う僕は少しダメになってるのでしょうか。なんてね。

Posted by: ササキ | September 22, 2010 at 00:48

この人はきっと自分さえ良ければってのが苦手なんだろうって、自分も思った。もう少し穿った見方をすれば、他の人に極力迷惑をかけたくない(良い人だと思われたい)人なのかも。そんなつもりはなかったのに修理の順番が繰り上げられて、なし崩し的に他の人に迷惑をかけることになってしまったかもしれない状況が嫌だったのではなかろうか。
値切りは・・・微妙な線じゃないかな。相手に嫌がられない程度ならできるんじゃない。その程度じゃ値切れない場合は苦手だろうと想像。
何がダメだと思うかはその人のポリシー次第よね。伊集院さんは、相手がどんなに嫌がっても自分の利益の為にしつこく値切り交渉できるようになることは「ダメになった」と思うかもしれないけど、人によっては自分の意思をはっきり示せることは「強くなった」と思うかもしれない。
ちなみに自分は、他人にまったく迷惑をかけずに生きることは不可能だと悟ってから、昔より自分を優先できるようになった。人間、社会の中で生きてる限り、必ず持ちつ持たれつになる。迷惑をかけないことに一生懸命になるより、迷惑をかけたぶん社会に貢献することに力を注いだ方が良いと思う。それでも、こういう世の中にスレてない人の話を読むと、微笑ましく思ってしまうんだよね。

Posted by: 通りすがりの管理人 | September 22, 2010 at 22:56

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