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よし、寝よう

USTREAMでAres I-X の打ち上げ実況を観ました。あんなでっかい鉛筆みたいなロケットがよくもバランスを崩さずに飛べるものですね。なにはともあれ、打ち上げ成功おめでとうございます。なんか一段目の分離時に二段目の姿勢が普通じゃ考えられないぐらい乱れたので、一瞬ヒヤッとしましたが、今回2段目以降はダミーなんでしたね。一段目がパラシュートで降りてくるところも観たかったけど、その映像は中継されなくて残念でした。制御技術が極まると一段目が固体燃料でもいけるもんなんだなあ。ある意味、ロケットもやっとコストダウンできるようになってきたってことなんかな。

しかしアレですね。最近はWebに繋がればなんでもリアルタイムに情報が手に入るもんだと実感。そらTV離れも当然かも知らんです。

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徒然なるままに10/27

切込隊長のBlogに興味深いエントリーがあった。要点はこうだ。近年、企業は過剰なコンプライアンスによって自らをがんじがらめにしており、優秀な社員の才能を浪費させてしまっている。本来、仕事とは何かを作りたい、もしくは役に立つサービスを提供したいと思う人がいて、それが世間のニーズとあえば対価がもらえて、その繰り返しの中で信頼関係が生まれ、需要が増大し、それに応えるために会社という組織体制が求められる。つまり会社が最初にあるのではなく、何らかのクリエイティブな動機が先にあって、それを存続させるための仕組みが後からついてくるにすぎない。しかし現実はその前提がひっくりかえっているように見える。いったい誰を向いて仕事をしているのだろう?というものだ。行儀良く仕事をする方法ばかり考えてないで、まずは利益をあげることを優先させようよってこと。

少し理想論寄りな話だとは思うけど、なかなか耳の痛い内容だと思った。システム部門に属していることもあって、生産性を向上するために社内の情報の流れをコントロールするのが自分たちの業務テーマの一つなわけだけど、フタをあけてみると生産性が上がるどころかむしろ面倒な雑務を増やすようなシステムを押し付けてしまっている。当然、システム利用者(技術者や設計者)からは不評。でも社長命令なので仕方ないという、意味の分からない言い訳をする。3次元のCADや、PDM、PLM、セキュリティの強化。上手に導入すれば有益な効果が生まれるものでも、やり方が悪いと本末転倒になりやすい。そんな事例をここ数年でいくつもみてきた。コンプライアンスの問題とはちょっと性質が違うけど、肥大化した会社を統制するために全社員を十羽ひとからげに枠に押し込んで突出した才能をもつぶしてしまっているという点では同じようなものだと思う。いったい誰のために仕事をしているのか、と自分も思う。

確かに、会社を継続させることは大切だ。会社が倒産すればそこで働く全ての人が職を失うわけで、社会貢献もできなくなる。だから一人の社員よりも会社全体の統制を優先して考える。とてもまっとうな考え方に感じる。しかし今の企業はコンプラインスを優先するあまり、もっとも基本的な「収益をあげるシステム」を犠牲にしてしまっているように感じる。ひらたく言えば、やる気のある人がそのモチベーションを保てるような仕組みになっていないということだ。
会社には2つの存在意義がある。一つは冒頭に書いたような「世の中の役にたつこと」。そしてもう一つは「利益をあげてそこで働く人を食わせること」。会社は大きくなればなるほど、後者の命題が重くなってくる。たくさんの社員に給料を払うためにはそれなりの利益をあげなければならない。しかし社員が多くなればなるほど個々の能力はばらつく。それによる生産性の低下を防ぐために、社員をなるべく平均化しようとする。たった一人の致命的なミスで会社全体が傾かないように。それが過剰なルール作り、マニュアル作りへとつながる。

語弊を恐れずに言うと、ほとんどの組織は一握りの優秀な人とそれ以外の凡人によって成り立っているように自分には思える。もちろん一握りの優秀な人がいれば他はいらないという話ではない。強引にゲームネタにからめるとすれば、ファイアーエムブレムの暁の女神で一部のスーパーユニットがいれば全て上手くいくかというと、そうではなかったように、とりたてて取柄がなくとも頭数となる「歩兵」は組織に必要なのだ。しかし、優秀な人(やる気のある人)とその他の扱いが平等である必要はないのではないかと自分は考えている。(このあたりは人によってかなり意見が異なるところだろうと想像するけど)

コンプライアンスを守ることはもちろん必要だ(というか仕方ない)。けれども、それによる煩わしさから社内の優秀な人材を守ることも、これからの会社には必要なことだと思う。ようするに、やる気のある人が気持ちよく仕事ができるようルール作りをする、もしくはやる気のある人が雑用に煩わされないシステムを自分を含めた凡人は構築すべきなのだ。賃金を業績連動にするのもいいけど、業務内容も能力に連動させたらどうか、ということ。そうすることで生産性も向上し、コンプライアンスは守られ、会社も存続して万々歳。現代の適材適所ってそういうことなんじゃないかな。

なにやら結論がレベルの低いところに落ち着いてしまったけれど、まあ、自分が言いたいのは概ねそんな感じです。

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徒然なるままに10/22

今年の東京モーターショーはエコがテーマの一つなんだそうで。こんなご時勢だし分からないでもないけど、もともと「車」と「エコ」という組み合わせに違和感がある自分としてはなんだか非常につまらない方向へ進んでいると思わずにはいられない。そもそもモーターショーに行こうと考える人たちがエコに感心があるかというとかなり疑問を感じる、ように思うのは自分だけだろうか?なんかタバコを吸っている人に、従来より少しだけ害が少ないタバコを開発して「こんなに体に良くなりました!」って大げさにアピールしてる感じ?どんだけ反響があるんだって思うんだけど・・・・うん、そう考えるとあんがい反響あるかもね・・・。

最近、車好きの友人とよく話しているんだけれど、プリウスとかインサイトとかってハイブリッド車は、その環境性能(?)を実態以上にアピールしてしまっているように感じる。マーケティングの勝利といえばそれまでだけど、それに消費者が踊らされた結果、ハイブリッド車に乗ってる自分は環境に優しいと感じ、誇りに思うとまでコメントする人が本当にいるそうだ。特にアメリカではプリウスの人気が高く、そういう意識の人が少なからずいるとのこと(NHKのニュースでやってました)。燃費が良いという点では確かに環境への負荷が他の車に比べて軽いのかもしれない。けれど、これもよく言われることだけど、日本の現在のハイブリッド技術は製造コストがバカ高く、またレアメタルも使用するため製造時や廃棄時の環境負荷が大きい。車のライフサイクル全体でみれば、従来の車とどっちが良いか一概には言えないというのが正直なところだと思う。車に乗ってる罪悪感を少しでも減らしたい消費者の意識を上手く掴んだ商法だなとは思うけど、商業的欺瞞が見えてしまって個人的にはイマイチなんですよね。単純に公称燃費につられて買ってる人も多いんだろうし。モーターショーに行くような人は私と同じように考える人が多いのではないかと思ったけど・・・・でも、意外とそうでもないのかなあ、けっこう今年もそれなりに人が入ったりするのかなあ、うーん。

結局、何が言いたいのかというと、車はもともと環境に悪い乗り物であって、車の魅力と環境への負荷ってどうしてもある程度比例するものだと思うわけです。少なくとも現在の技術力では。だから、車が環境を考え始めたら、それはある意味自殺行為であって、車好きの自分からすると「そんなにしてまで車に乗りたいの?」と言いたくなってしまう。車がただの移動手段になってそれ以外の魅力がなくなるのなら、もう車じゃなくて公共機関でいい。だいたい、そんなに環境に負荷をかけたくないなら、近くのスーパーへプリウスに乗って買い物行くんじゃなくて、自転車とか徒歩で行ったらどうかってことです。ああ、我ながら相変わらずの極論ですね。自分もバイクで通勤してるくせに(笑)

少しだけ現実的な意見にすり替えるとしたら、今後はガソリン税をもっと高くして、車を気安く使えないものにしたらどうでしょうか(商業車とか田舎での使用は除いて)。車は一部のマニアの道楽、嗜好品にして、基本的な移動には公共機関や自転車を活用する生活スタイルへ移行させる、というのが個人的にはもっともシックリくる流れです。
んで、どうせ車を一部の趣味人のオモチャにするなら、こんなのを金に糸目をつけず、もてる技術力をフルに活用してジャンジャン作って欲しいもんです。

なーんて、大衆車が売れなくなればそういうお遊びに使う資金も確保できなくなるんでしょうけどね・・・。いずれにしても、車は自己矛盾を抱える苦しい時代になったように感じて、個人的にはとても興ざめしてしまう今日この頃。みなさんはどのようにお考えでしょうか?

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