Legend of Grimlock

年末から続いていた重い仕事がひと段落したのもあって、最近はタガが外れたようにゲーム三昧な毎日です。今はまっているのは『Legend of Grimlock』というもの。Steamで1k程度のインディーズ作品ですが、これがまた非常に楽しい。ずいぶん前から往年のダンジョンマスターに似たゲームが出ると話題に(ごく一部で)なってて気になってたんですが、ちょうど暇ができてきたころにリリースされたので、これは神様の思し召しに違いないと思い即購入。見た目はWizardry型ダンジョンRPGですが、敵が常に見えているタイプで、リアルタイムに襲い掛かってきます。3DのRougeみたいなもんでしょうか。何かとても悪いことをした囚人が、人里離れた山間にあるGrimlockと呼ばれる古の迷宮に放り込まれ、4人で力を合わせてそこから脱出を試みる、という設定。例によってこの手のゲームに複雑なストーリーとかはありません。それだけでなく、ゲーム内容もかなりシンプルで、クラスはFighter、Rouge、Mageの3タイプのみ。種族も人間、ミノタウロス、リザード、インセクトの4種類しかありません。このあたりのアッサリさ加減は始めてからちょっと驚いた部分でしたが、ゲームを進めるにつれて、そもそもコンセプトが自分の思っていたものと違うことに気づきました。基本はたしかにダンジョンマスター型のRPGなんですが、本質は詰め将棋、ようするにパズルゲームではないかと今は思っています。というのも敵からのDropも含めて入手できるアイテムがほぼ固定されていて、さらにMobのRespornがいまのところないからです。どこかでEXPを稼いで過剰に強くしたり、レアアイテムで強化するなどして強引に突き進む、というスタイルでは遊べません。戦闘は今のところノーマルでもかなり緊張します。さらに、迷宮のいたるところに鍵のかかった部屋や通路、仕掛けがあり、Mobよりも謎解きにかけている時間の方が長いぐらいです。このゲームにはOP以外に音楽がなくプレイ中は環境音しか流れないのですが、そゆえに突然背後から足音が聞こえたりと、Mobの強さとあいまってヘッドホンでプレイするとかなりドキドキします。
ファイティングファンタジーなど黎明期のRPGに親しんだ世代をターゲットにしていることは間違いないつくりで、万人にはまったくオススメできませんが、ツボにはまる人にはたまらない内容だと思います。15時間程度で終わるという噂のボリュームも、恐らく忙しい社会人となっているそのターゲット層には嬉しい仕様なのではないでしょうか。

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『GATTACA』

久しぶりに映画を観ました。いつの間にか実家にEH-TW8000Wと100インチのスクリーンが設置されてたので、泊りがけでお邪魔した際、みなが寝静まった夜中に一人で起きだして視聴。今までホームシアターという言葉を半分馬鹿にしてましたが、割と悪くないもんですね。映画館ほどではないにせよ、ある程度の没頭感が得られました。まわりに気兼ねなくお酒やおつまみをいただきながら観れるのもメリットですか。家でまったく飲まない自分には関係ありませんが。

「ガタカ」はいつか観ようと思ってたものの一つ。上映されたのはもう10年以上前なので今となっては少し古い作品です。表面的なカテゴリはSF・サスペンスかもしれませんが、本質はヒューマンドラマ。遺伝子操作されて生まれるのが当然となっている社会で、あえて自然な営みで作られた人物の苦悩と努力とその結実の話です。詳しいストーリーはこちら。個人的には殿堂入りでした。とにかく前編にわたって無機質で記号的、それでいてとても緻密に作られた脚本、演出、色調が素晴らしい。それと抑揚の効いた音楽がまた映像とマッチしていてスキのない作品だと思いました。低予算で作られているのか、これ見よがしなSF描写はまったくありませんでしたが、そこがむしろ良いところだと思います。

社会は優れた「素質」を持った個体のみで構成されるべきだという考え、希望は、かつての優生学を引き合いに出すまでもなくいつの世にもある、いわば人間の根源的な野心のようなものだと自分は思っていますが、「素質」が全てを決めるわけではないことも自明なことです。この作品はNASAが選ぶ現実的なSF映画1位に選ばれたそうですが、正直どこが現実的なのか私には理解に苦しみます。このような非効率な社会は恐らく実現しえないでしょう。遺伝子技術で先天的疾患のない個体のみを選別して産み分けることが、必ずしも人類の進歩につながらないことは、かのスティーブン・ホーキング博士が実証していることではないでしょうか。思うに、この映画はそもそもメッセージありきの作りなのではないかと思います。何らかの現実的な問題を取り上げてそこからメッセージを読み解くのではなく、まず、「素質が全てではない、努力すれば夢は叶うのだ」という分かり易い主張があって、それをスタイリッシュに見せるための小道具として近未来の遺伝子管理社会を設定したに過ぎないと。

終盤に主人公が叫ぶ

GOD !! EVEN YOU ARE GONNA TELL ME WHAT I CAN AND CAN'T DO NOW !?

という台詞が、この映画の言いたい全てではないかと自分には思えました。

その人が何を成し得るかを決めるのは他人ではなく本人だけだという力強いメッセージが、洗練された映像とともに語られることで、自分のような単純な人間は他愛もなく感化されてしまいます。目標をもって生きる人にオススメな映画だと思います。

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これからの国は選ぶもの?

2/27の新聞にちょっと考えさせられる記事がありました。以下、勝手に一部引用。

 今から40年後、米サンフランシスコ沖の水平線に、いくつもの人工島が浮かんでいるかもしれない。
 住むのは、既存の国を見限った人たちだ。彼らは、環境や制度など自分の好みで島を選んで「社会」を営む。各島の「政府」は豊かさをもたらすために、企業のように競争する。

 ~中略~

 意見の違う人たちが話し合って、合意や妥協を探る行為を無駄と考える。同じ考えの持ち主だけで「社会」をつくれば手っ取り早い。ほかの人はそうやってできたいくつもの「社会」の中から、好きなものを選べばいいというわけだ。パソコンや携帯の機種を選ぶように。

 ~後略

記事によると、上記のような人口国家群構想の実現を目指す研究所がアメリカに本当にあるんだそうです。思わずちょっと笑ってしまいました。これ、同じようなことを考えたことがある人、結構多いんじゃないでしょうか。そういう自分も学生時代につらつら考えたことがあります。でも本当に作ろうと思って動く人がいるとはビックリです。

自分がこの手の考えをもったきっかけは、初めてエルサレムの問題を知ったときでした。「意見や思想の違う人が分かり合うのは難しい、和解の道を探るよりも隔離した方が早いのでは」 というのが当時の発想。いかにも勉強不足な第三者がまっさきに考えそうなことです。
次に似たような発想にたどり着いたのは社会主義がなぜ上手くいかないかを考えていたとき。理念は素晴らしいのに実際にやってみると全く機能しない。なぜか?なぜ社会主義国家の指導者は独裁に走るのか?なぜ力で民を弾圧しなくてはならくなるか?
まあ、順当に「意見や思想の違う人が混じってるから」じゃないかと、そうだとしたら、「じゃあ、最初から社会主義を好む人だけで国を作ればいいのでは?」という非常に短絡的な結論に達したわけです。

正直に言うと今でもこんな考えに走りそうになるときはあります。新聞で社会問題を知り、興味が湧いてWebでいろいろ調べると、大抵の問題には複雑なジレンマが存在しているものです。いろいろな立場の人の意見を聞いてるうちに、だんだん何が正しいか分からなくなるんです。そして最後には、「ああ、世の中って面倒くさいなあ」と思って上のような極端な思考に逃げたくなる。思考というより妄想ですね。

話を元に戻すと、だからこそ記事のようなことをまっとうな大人(?)が本当に研究しているというのが驚きでした。否定でも肯定でもなく、ただ単に「どうやって実現するつもりだろう?」という純粋な興味が湧いたわけです。だって、ちょっと考えただけで問題が山積みですから。
新聞の記事ではこの手の話の具体例として、中米のホンジュラスで現実に進んでいる「人工都市」の話が紹介されていました。人が住まない広大な土地を一から開発し、非常に有利な「経済特区」にして企業を誘致する。あらかじめ有識者たちによって定められた法律や社会の基本ルールをもとに行政を行い、完全な治外法権地域とすることで企業の自由を保障する。住民は移り住むのも去るのも自由だが、民主的な手続きでルールを変えることはできない。つまり、ルールが気に食わないなら去れ、ということ。ポイントは、市場が社会に奉仕するのではなく、社会が市場に奉仕する、ということらしい。企業の稼ぎ=国の豊かさ=人口の増加でしょうか。なんか企業と国が一蓮托生なので、興亡が激しそうな予感がします。常に一定数の難民とか流浪の民がいそう。

私はこの手の発想の一番の弱点は、思想が恒久的に全く同じ人などいない、仮にいたとしても国家を形成するほど集まれない、ということに尽きると思ってます。ある程度は同じ人ももちろんいると思いますが、それでも必ずどこかで意見の食い違いはおきます。そのときに民主的手段で解決するのではなく「気に入らない者がその社会から離れる」という行為を強いる共同体は入れ替わりが激しくなり、非常に不安定になります。
分かり易いのが電子ネットワークの世界ではないでしょうか。嗜好(思考)の合う人同士が集まってたはずのコミュニティが簡単に荒れ、廃れて果ててはまた新しくできる。そんなことをパソコン通信の昔から繰り返してなかったでしょうか。好きなことを話合ったり情報交換するだけの場ですら、反目は簡単に起こり得ます。国家のような大きく複雑な共同体を安定して形成するには、かなり画期的なアイデア、パラダイムシフトが必要だと私は思います。

民主主義的な社会が必ずしも優れているとは全く思っていませんが、意見の異なる人と議論してお互いの価値観をすり合わせたり、妥協点を探したり、時には譲ったりすることは、人間が集まって社会を作っていく限りある程度避けられないことなんだと思います。自分の世界に閉じこもって生きるのが容易な今の時代、そういう忍耐力の要る泥臭いことをするのを嫌がる人が(自分も含め)最近は多いですが、そもそも「自分の価値観に閉じこもって生きていける」のは、別の誰かがその環境を守るために他の誰かとの議論やすり合わせを代行しているからに他なりません。(日本ではその代行役がどんどん低俗化している気もしますが)
価値観の同じ人同士で国を作るよりも、国民一人ひとりがもっと積極的にルール作りに関われる(影響力をもつ)社会を目指す方が良いような気が、自分はします。今の国家(というより日本)は、人口が多くなりすぎて、自分の意見を代弁してくれる人がいない(信用できない)という状態に陥っていると思うので。

完全に余談ですが、この記事を読んで、森博嗣の「すべてがFになる」を思い出しました。あの作品に出てくる孤島の研究所がまさに今回の記事のような場所でしたね。治外法権ではなかったようですが。なんとなく、この手の思想を持つ人の傾向が、分かるような気がしました。

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機種変更しました。

もう3ヶ月ほど前ですが、携帯を変えました。理由はバッテリーの持ちが非常に悪くなったためです。インジケータが「満タン」の状態から数十分程度で画面がブラックアウトすることが数度あり、そのまま使い続けることに限界を感じました。もしかしたらバッテリーを交換すればまだ十分使えたのかもしれませんが、もう4年近いの付き合いだったのでそろそろ変え時か、という気分に。
で、機種変更となると昨今は従来型の携帯かスマートフォンかという選択をまず最初に迫られるわけですが、自分のキャリアのラインナップを覗いてみたところ前者はびっくりするほどお寒い状況で、2011年冬モデルがなんと1種類しかありませんでした。驚きのノーオプションです。ある意味、悩む必要がなくて親切。対してスマートフォンはというと2011年全体で20モデルぐらい。この状況で敢えて従来型を選択するには何らかの特別な理由が必要ではないかと思うぐらいの差でした。とは言いつつも別にスマートフォンの必要性をまったく感じていなかったので、もうどんなのでもいいやってスタンスでその唯一の従来型モデルを選択するのもアリかなと一瞬思ったりしましたが、デザインがいまひとつで断念。そんなわけで、自分は少し考えてiPhoneを選びました。

スマートフォンは何もかもが初めてなのと、そもそも携帯にそれほどこだわりが無かったので、料金的にどうなのかとか、性能がどうなのかとかはあまり比較検討してません。既にiPodとiTunes使ってるし、マラソンの練習にNike+も使ってるし、iPhoneなら全部統合できていいかってノリです。敢えて他に理由を挙げるとしたら、android端末は「自分好みに細かく設定できるらしい」 ⇒ 「なんか面倒くさそう」というのもありました。正直もう、携帯ごときの細かい設定とかに時間を使いたくないというのが本音です。誰かが使いやすくプリセットしてくれたものをそのまま使いたい。自分と思想が似通った絶対君主に支配されるのが愚民にとってはむしろ幸せだ、というのが自分の考えです。
そんなわけで使い始めてまだ数ヶ月ですが、雑感などを。これからスマートフォン(というかiPhone4S)を検討する人の参考になれば幸いです。例によってこんなBlog誰も見ないだろうとか言ってはいけません。

・電話
 何はともあれ「携帯電話」という建前がある以上、電話がまともにかけられるかどうかは重要。これについては及第点だと思います。電話帳が若干使いづらいのが気になりますが、通話中に他の機能も使えるのでメモしたりネットで調べ物をしながらでも話ができるのは素直に素晴らしいと思いました。通話履歴やよくかける人の記録、留守録も普通に可能。個人的に一番の難点は、微妙に大きくて平べったい板を耳に当てて話すスタイルがもう野暮ったい、というところだと思います。後述しますが、これからこの手のモバイルはヘッドセット必須ではないでしょうか。

・メール
SMS/MMS(キャリア固有のメールシステム)も従来型と同様使えます。が、どちらかというともうPCに近いので普通にe-mail使えよ的なニュアンスをひしひしと感じます(つまり最低限の機能しかない)。もっともだと思うのですが、これまで携帯のメルアドで連絡を取り合ってた相手に、これからはe-mailにしてよといちいちお願いするのがたるいので、自分はまだMMSとかを使ってます。受信メールをフォルダごとに振り分けられないなど、不便なところもありますが、あんまりメール来ない人なので気になりません(※泣いてないよ!)。というか最近はむしろ自分の方が筆無精ぎみだったり・・・・返信率悪くてすみません。

・Music player
まんまiPodです。使い慣れてるので全く問題なし。心配してたバッテリー消費も意外に少なくて、かなりもちます。通勤で片道40分程度聴いて100% ⇒ 96% ぐらい。何よりデフォルトでBluetoothが使えるのが嬉しい。再生や停止操作にいちいちこんな大きなデバイス取り出すのはもうナンセンスだと思います。

・ブラウザ
Apple製品なのでSafariが標準で使えます。回線がキャリア的に遅い遅いと言われてます。恐らくその通りなんでしょうが、比較対象が4年前の携帯だった自分にとっては格段に快適になって感動しました。お上りさんみたいなもんです。これならちょっとした空き時間にネットでも見るかって気になっちゃいますね。以前は電車の中で携帯でWebを見てる人をみると、家でゆっくりやればいいのにと思ってましたが、これほど快適に閲覧できてしまうと、その気持ちも分かります。うーん、ネット中毒に注意ですねえ。

・カメラ/ビデオ
正直、あんまり使ってません。スペックや宣伝文句を読むと、それなりの機能があるみたいですね。個人的には純粋なカメラ/ビデオとしての利用よりも、他のアプリケーションの中で視覚情報の入力デバイスとして連携できることに面白さを感じました。一時期話題になっていたセカイカメラなんかもそうですが、例えばビデオ機能を利用して本のページをめくりながら録画すると自動的にOCRのような処理がされ、書籍の電子化(俗にいう自炊)ができるアプリケーションがあったりと斬新な使われ方もされてます。考えてみるとスマートフォンは音声や光学的情報の入出力、加速度計、GPSと贅沢なデバイスが集積されていて、しかもそれらがサードパーティのアプリケーション内で利用可能になっているため、アイデア次第で面白いことがいろいろできるんですね。そういう意味ではPCよりもずっとアドバンテージがあるのではないかと思いました。最近はウルトラブックが対抗意識を燃やして頑張ってるようですが、最初から方向性が違うような気が私はします。あっちはあっちで需要があるので無理に近づける必要はないんじゃないかな。

・Siri
4S発売当初話題になってた(?)iPhoneの音声認識システム。Siri姉さんは電話の授受、メールのやり取り、音楽プレイヤーの制御といった基本的操作から、オススメ飲食店の検索やら天気予報までなんでもござれの優秀な秘書だそうです。最終的にモバイル機器は音声によるコントロールが主に、キーボードは補助的になると信じて疑わない自分としては「やっとここまできたか」という思いがあります。だってこんなことも質問できちゃうんですからそら実装しない手はありませんよね(※たぶん出来ません)。問題はSiri姉さんが現状、日本語をまったく理解されない点だとよく言われますが、日々英語の勉強を怠らない自分にはまったく問題ありません。と思って購入当初、果敢に話しかけてみたんですが、これがもう散々な結果でして。What time is it now? ですら認識率は7割程度でしょうか。何が悪いのか(まあ発音だと思いますが)まったく見当違いな返事が返ってくることが3割ほどあります。というわけで、iPhoneは自分のような勘違い野郎の目を覚ませてくれるナイスガジェットでもあります。ちなみにGoogle翻訳に英文を読み上げさせてSiri姉さんに聞かせると9割以上の確率でちゃんと認識します。やっぱり発音の問題なんです。もう悔しいったらありゃしません。真面目な話、よく言われるRとLの発音の違いなど、基本をしっかりおさえて発音しないとダメみたい。ある意味凄い認識力です。使い方によっては良い発音訓練ツールになるのではないでしょうか。

・GPS
ぼちぼち使えます。初めて行くお店の場所を確認したりするのに重宝してます。あとバイクにRAMマウントを付けたので簡易ナビとしても使えるのではと期待中。ただしバッテリーの消費量は多いです。1時間で16%ぐらい減るので、ロングツーリングで利用するにはバイクのバッテリーから電力を供給したほうが良いでしょうね。これも他のアプリケーションとの連携が面白い機能だと思います。

・Youtube
なんかよく分からないけどデフォルトで入ってました。最初、ブラウザで見るのと何が違うんだと思ったけど、比べてみたら結構違いました。確かに専用なので使いやすい。iPhoneは(スマートフォン全般かな?)意外とそういうのが多くて、例えばAmazonとかニコニコ動画とかGoogle検索とか、ブラウザでも見れるのに専用アプリケーションがあってホーム画面からアクセスできたりします。ただのWebページへのショートカットではなくてUIが違ってたりして、まあ一長一短なときもありますが。ちなみに動画はPCで観たいので基本ほとんど使いません。

・ボイスメモ
いわゆる録音機能。ちょっと思いついたことを忘れないように吹き込んでおくのにとても便利。目からうろこが落ちた機能No.1かも。メモするのは面倒でもしゃべるのは一瞬なんですよね。

・リマインダー
忘れっぽい自分はToDoリストとして活用中。前述のボイスメモと連携できたら最高なのにといつも思ってます。GPSと連携して特定の場所に着いたら(特定の場所から離れたら)アラームが鳴って知らせてくれる、という機能もあるらしい。たぶん自分は使わないと思うけど。

さて、例によってだんだん書くのが面倒になってきました。
後は適当に今使っている標準以外のアプリケーションを紹介。

・Dragon Dictation
日本語音声テキスト入力ツール。しゃべったことが日本語の文章になります。思ったより精度が高くて感動しました。「これから帰ります」とか「今どこ?」などといった簡単なメールは殆どこれで作成して送信してます。片手で10数秒で完了するので便利。テキスト入力機能の弱いスマートフォンの強い味方だと思います。先ほども少し書きましたが、これからのモバイル機器は小さなヘッドセットを身に着けて本体はカバンの中に入れっぱなしにし、電話やメール程度なら音声のみで完結するのが将来的には理想だと自分は思ってます。いや、今だって英語ができればSiriで実現するんですけどね・・・。

・Nike+ GPS
基本はジョギングのお供に。走った距離、ルート、ペースなどが記録されます。試しにバイクでも使ってみましたが、問題なく使えてました。ツーリングの記録にも利用できるかもですね。

・Flashcards
単語帳です。英語の勉強中に見知らぬ単語やイディオムを見かけたら片っ端から入れてます。音声でも登録できるので楽。スライドショーで自動的に順次表示させておいて放置が基本。

・イマココ
GPSで現在地を調べてメールで送信してくれるアプリケーション。子供と遊んでて、今いる場所を嫁にメール連絡するのが面倒なときに利用。定期的に現在位置を自動送信して発信機みたいな使い方ができるともっと良いんですが。実際そういうのもあるみたいです。

・Oxford Advanced Learner's Dictionary
英語辞典。電子辞書代わりになります。

・乗車案内
どうなってるのかよく分からないけどWebのやつよりレスポンスが早くて使いやすい。運行状況とかもリアルタイムにかなり詳しく調べられるので人身事故とかのときに便利?なのかも。

・Google検索
音声入力で検索可能。これはとっても楽。ちょっとした調べ物ならPC立ち上げる必要がなくなりました。

以上です。

総評として、いろいろ遊べる面白いガジェットだとは思いますが、日常生活で必須のアイテムかと言われるとかなり疑問です。とても便利だよ!と心から言うためにはそれなりの工夫や努力(ニーズの創出)が必要で、それはそれで空しいと感じる人も多いのではないでしょうか。なんというか、初めてトランシーバーを手にした子供がその新しい機能に心躍ってみたものの、冷静に考えるとそれほど使いどころがない、みたいな。ただ、従来の携帯電話と比べてデメリットは特になくなってきているので、むやみに避ける必要もないかとは思います。
 
 

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あけましておめでとうございます。

正月休み最終日に、なんとなく時間ができたので今年初のエントリー。なんとなくというか、実際は気力が尽きて洗濯物を畳んだり部屋の掃除したり英語の勉強したりといった、もろもろのノルマを放棄した結果だったりしますが気にしない。
去年の総括とか新年の計とか、気合の入った話はもうとてもできないので思いついた話を徒然と書くことにします。

私生活の話。
少しずつ、少しずつですが、いろいろなことが良い方向に向かっている、そんな気がしています。「慣れ」というのももちろんあるんだと思いますが、自分が感じる「ストレス」や「不安ごと」よりも「嬉しいこと」「楽しいこと」の方が増えてきているのは、単純に日々の活力になります。心配していた娘の症状が今のところ悪い方へ向かっていないのが一番の理由かもしれません。
育児は育自とは本当によく言ったもので、ここ数年で困難に対する忍耐力や粘り強く対応する力が多少なりともついたように思います。このことは仕事にも少し良い影響を与えていると感じてます。

ゲームとアニメと漫画の話。
12月に入ってまた家庭内に風邪が蔓延してしまい、OMDもあまり進めていません。面白いんですけどねえ。ゲームは優先順位が非常に低いので仕方ないところ。
代わりにガンダムUCの映像作品4話がリリースされたのでそちらで気分転換をしてました。原作とはかなりテイストが違いますが、あれはあれで良いですね。バイアラン・カスタムはかなり盛り上がりました。ティターンズGJ。5巻はもう宇宙ですかね。ガルダはカットかなあ。原作では好きなシーンが多いので入れて欲しいんだけど、映像は映像で割り切って楽しんだ方がよさそうな流れですね。
漫画では高校か大学時代ぐらいから読んでた『いつでもお天気気分』の新刊が6年ぶり?に出たというので買いました。久しぶりにストレートな少女漫画を読んだなあという印象。「若いって良いよね」という言葉を実感したりして。主人公格3人の彼女の中では御堂さんが好きです。多分に漫画的なキャラクタですが。
ほぼ同時期に『よつばと』の新刊もゲット。こちらは相変わらずの安定した育児ファンタジーっぷりで和みます。白けない程度にリアルさと理想化された子供像をブレンドしてるのが凄い。そのさじ加減が絶妙だと毎回思います。ピザの話のオチとか。作者に子育て経験あるのかどうかがとても気になる。

映画の話。
『MI:4』が凄く観たい。相変わらずのスタント嫌いで無茶するトム様の雄姿をスクリーンで観ないわけにはいかない。どうやって上映終了までに映画館に足を運ぶかが悩ましいところです。
あと何気に評判の良い『聯合艦隊司令長官~』も気になる。山本五十六についてはろくに知識もありませんが、だからこそこういう機会に触れておきたいなあと思ったり。まあ、スクリーンでなくても良いか。

NFLの話。
アトランタ・ファルコンズは今年もプレーオフ進出で、めでたい! でも16戦目のマンデーナイト、対セインツはいただけなかったなあ・・・。久しぶりにNHKのBSでやってたので録画して皿洗いながら観ましたが、危うくTV画面に茶碗投げつけるところでした。内容が酷い。酷すぎます。相手が絶好調のセインツですから仕方ないところもありますが、だからこそ意地を見せて欲しかった。特に同地区対決なんですから、あの大敗はないでしょう。ファンとして悔しすぎます。来年はオフェンスの補強をしっかりすべき。特にOL。今のままだとパスプロテクションがショボすぎてライアン(QB)が可哀想です。いつか怪我するよ。

マラソンの話。
毎年微妙なんですが、今年はこれまで以上かなあ。でもできるだけのことはやります。

バイクの話。
とっくの昔ですが、一ヶ月点検に行ってきました。走行距離は現在1600kmぐらいだと思います。エンジンの吹けも良く、絶好調です。4スト125ccなので実際にはたいして速くないというか、まあちょっと気合の入ったバイクや車からしたら正直遅いのですが、回転数の上がり具合やエンジンサウンドが「その気」にさせてくれるので純粋に乗ってて楽しい。特にカーブを曲がるときの一体感は最高です。マウントポジションが個人的にとてもシックリするというか、体格がぴったりなのか体の重みがバイクの重心と一致している感覚があって、曲がってるときにブレないのが嬉しいです。
2ヶ月乗って思ったのですが、作りは正直雑なところも多いです。日本車に慣れてると「おや?」っと思う点がいくつもあって、よく言われるように細かいところが気になる方には外車は向いてないのかもと思います。例を挙げると、燃料計が実際の残量と異なる(実際より多く表示したり少なく表示したり)、サイドミラーが歪んでたり、気温との落差で Oリングが硬化してクーラントダダ漏れしたり、イグニションキー周りの作りが凄く適当で、回すときにいちいち引っかかったり。
しかしそれを補って余りあるデザイン性、各種基本装備の充実度、扱い易いエンジン特性、燃費、取り回しの容易さ。何度もこのバイクにして良かったと思わせてくれます。
というわけでベタ惚れ中ですが、KTMはパワーパーツというオプション部品がいろいろあるので、そろそろブラッシュアップという名目の「盆栽化」を進めようかと画策中。手始めにハンドルガードの追加とスプロケットの交換(歯数を増やして加速力アップ)かなあと。あとは携帯をマウントするRAMを取り付け予定。

最後に、年末にお会いできた方々に。
久しぶりに会って食べて飲んで、楽しかったです。社会人になって頻繁に会えなくなってから10年近くになりますが、なんだかんだで途切れず、たまに会ってお互い老けたなあと想いながら話すことは昔と変わらなかったりして、そんな感じで今後とも付き合っていければ良いなあなどと、帰りの電車で思ったりしました。ネットで不特定多数の人間と緩く繋がって一人でもそれなりにやっていける時代だと言われることもありますが、個人的にはパーソナリティをある程度理解し合えてる人と会って話す面白さにはとても代えられないと考えてます。今後ともよろしくお願いします。


 

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『Orcs must die』

先週、先々週と家庭内で体調を崩す人が続出(自分含む)して間が空きました。やっと回復したので、今日は書こう書こうと思っていたここ最近のゲーム事情について。

・Dragon Age : Origins
9月の下旬あたりにひとまずエンディングを迎えました。発売されたのが今年1月ぐらいだったと思うので、半年以上かかった計算になります。とはいえプレイ時間は80程度。途中までコーデックスを全て読みながらプレイしていたのですが、さすがに余裕がなくなってからはクリア優先で進めたため、最終的には100時間を大きく下回った感じです。最初から読み飛ばしていたら、結構あっさり終わってたんでしょうね。ただ、自分はこの手のタイトルでは世界にどっぷり入り込んで遊びたい派なので、クリア優先プレイはとても物足りなかったです。無念。
終盤の展開としては、アノーラ様を救出 ⇒ アリスターと一緒になって国を治めることを提案(自分が婿に名乗り出ようとするも果たせず泣く泣く) ⇒ 諸侯会議でロゲインを糾弾 ⇒ アリスターで一騎打ち ⇒ アノーラ様による統治を容認 ⇒ ブライトが首都に侵攻 ⇒ アーチデーモンと対峙 ⇒ 主人公で息の根を止める ⇒ そのまま殉職 ⇒ 二階級特進!
という感じで、まあ典型的な日本人好みのプレイをしてみました。きっと欧米人ではなかなか選択しない展開ではないかと思います。特にラストとか。ちなみにモリガンちゃんの提案はさくっと断りました。あれは結構大きな分岐点だったのかな。正直、途中まではどこがマルチストーリーなのかさっぱりでしたが、終盤は選択を変えるとガラリと展開が変わりそうで面白かったです。おっさんなので古い作品を引き合いに出してしまいますが、タクティクスオウガ並みの自由度がありそう。時間があればいろいろなルートを試してみたかったです。
総評として、ストーリー、世界観、システム、音楽、全てにおいてレベルの高い良作だったと思います。ようするに評判通りの面白さでした。個人的には、戦闘時にもう少しコンパニオンへの細かな指示、コントロールができればなお好みだったかな。ただそれだとRPGではなくRTSになってしまうので、これはこれで良しです。仲間が思い通りに動かないのも、ある意味RPGの大切な味じゃないかと思います。
ちなみに続編のAwakingも購入済みなんですが、前述の通り時間のないときにプレイすると残念なプレイになりがちなので、しばらくそっと積んでおく予定。そんなことを言ってると永遠にやらない気もしますが、はてさて。

・Demons Souls
DAOが終わった後、ちょうどDark Soulsがリリースされるという時期だったので、なんとなく絶賛挫折中だったこのタイトルを再開してみたり。操作を思い出しながら、ああ、やっぱり日本のこういう箱庭パズル的な世界観も好きだなーと再評価しつつ、自分はなんで途中で止めちゃったんだっけ?と不思議に思いながらストーリーを進めてみると、塔のラトリアのエリア2でマン・イーターと遭遇。20回ほど手を変え品を変え作戦を変え挑むも連戦連敗。そうでした、こいつが倒せなくて諦めたんだった。アクションは嫌いではないけど、それほど上手くもなく、STGのような単純な操作でもないため、根気が続かずに挫折。。仕方なくGoogle先生に攻略情報などをお伺いしてみましたが、基本的には「ソウルを集めて精進せよ」とのご神託。ようするにヘタレは素直にレベル上げろと。
・・・とりあえず、そっとDAOの上に積んでおきました。

・Orcs must die
で、今やってるのがこのゲーム。手を出したきっかけは適当にレヴューをみてたら面白そうだったからです。円高還元を狙ったわけじゃないんですが、購入が容易で後腐れのない(パッケージとかが無いので邪魔にならない)Steamでゲット。今なら1kちょっとですね。
で、この作品、値段が値段だけにチープな暇つぶしゲーかと思うなかれ、非常に面白いです。もちろんビッグタイトルではないので、膨大な情報量に支えられた世界観とか、目を見張るような緻密なグラフィックとか、流行の大規模オンライン対戦とか、そういうのはありません。ですが現状の自分にとってそういうのは二の次であり、求めているのは純粋なゲームとしてのバランス、やらされている感のない自由度、適度な時間でできるシステムとボリューム 。その点、OMDはその全てを満足した逸品で、プラス、世界観も自分好みというベストフィットなタイトルなのです。
肝心の内容ですが、基本的にはTD(タワーディフェンス)とTPSのハイブリッド、といった感じ。例によって詳しくはこちらとかを見て下さい。TD的に頭を使って罠で攻略するも良し、アクションに自信がある人は罠はサポートとして主にプレイヤーキャラクタを操作して無双で倒すも良しです(限界はあるけど)。こういうのも最近の流行らしいですね。自分は「頭を使って爽快に勝つ」という単純明快なコンセプトが好きです。主人公のおバカ加減も大好き。30分程度の時間でも遊べるし、とてもおすすめです。

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自転車について

クロスバイクを購入してから1年半が経ちました。総走行距離も4200kmを超えてそろそろタイヤ交換が必要な時期です。前にも書きましたがホーネットが逝ってからはほぼ毎日通勤に使っていたので、タイヤだけでなくあちこちガタがきてます。ついでに自分の膝もかなり怪しげ。人車ともども一度オーバーホールが必要かもしれません。
そんなEscape君ですが、125Dukeが納車されてからというもの浮気しまくりで一度も乗っていません。今は特に楽しい時期なので、当分はバイク通勤かなーと思います。いつか気が向いたらまた乗るので待っててね。

さて、自転車といえば何やら今後は警察の指導が厳しくなるらしいですね。幅3m以下の歩道は走行禁止というから驚きます。3m以上の歩道ってなかなか無い気がするんですけど、どうなんでしょうね。まあ自分はいつも車道走ってるので関係ないんですけど、ママちゃりみたいなシティサイクルも厳しく指導されるようになるんですかね。慣れてない人はかなり怖いと思います。
よく言われるように法的には自転車は車道の左端を走ることになっていて、歩道は自転車もオッケー標識があれば良し、なければ徐行ないしは降りて押せってことになってます。歩行者優先なので当たり前ですが、その当たり前が日本では全く無視されてきたという経緯があります。免許不要、年齢不問、罰則も(昔は)軽いとなれば、マナーが悪くなるのも必至かもしれません。とはいえ、じゃあ素直に車道を走るとどうなるかというと、こんどは自転車に慣れていない車に煙たがられ、必要以上に敵視され、ともすると非常に怖い思いをすることがあります。自転車側のマナーが悪いからだと仰るドライバーさんも多いですが、私はどっちもどっちかなと思います。右折車が直進する自転車を遮るように曲がってきたり、「道路左端を走行」という原則上、左端が左折専用レーンであっても直進せざるを得ない自転車に慣れない車がぶつかってきたりと、速度差の大きい自転車にイライラして怖い運転をする車が多いです。ま、自分も車運転するので気持ちはとてもよく分かるんですが。結局のところ日本では歩道をゆっくり走るのが一番安全。しかし、スポーツバイクでは平均時速20km以上で走る(走りたい)ため、歩道はとてもじゃないけど怖くて走れません。なので自分は車道オンリー。別に法を遵守したいからではなく、ある意味保身のためです。
で、前述のように車道は車道で危険がいっぱいなので、個人的に気をつけていることを挙げると以下のような感じ。

 ① なるべく2車線以上ある大通りを走る
 ② 反対車線は絶対に走らない
 ③ トンネル、橋などの幅の狭い道は車を先に通してから最後尾を走る

信号を守るとかそういうのは当たり前なので割愛してます。特に一つ目が重要だと思います。車が後ろから抜けない狭さの道を走るといろいろ怖いですから。多少回り道でも広い道を走った方がスピードが出て結局早いこともあります。後はあれです、車を運転しているときと同じように、普通に交通規則を守って、譲り合いの精神があればよほどのことがない限り事故らないと私は思っています。なぜか自転車に乗ると車のときのマナーを忘れる人が多いみたいですけど。

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『わたしを離さないで』読了

夏季休暇中に読んだ本です。著者はカズオ・イシグロ。たぶんこの人の作品の中で、今のところ一番読み易い本なんじゃないでしょうか。とある施設で生まれた子供たちが様々な経験をしながら大切な記憶を胸に刻み、生を全うするお話。とても良かったです。久しぶりに浅田次郎の作品以外で泣きそうになりました。初読よりもストーリーや世界観が理解できている2回目のほうが心に響きます。
この作品は世界観が独特なのですが、あえて最初から説明せず、読み進むにつれ徐々に理解できるよう作られてます。それは物語の主人公たちが子供から大人に成長していく過程で、世の中の、そして自分たちのかたちを次第に理解していく体験を読者にも共有させる意図があるのだそうです。それがどこまで成功していると感じるかは個人差がありそうですが、私はなかなか面白い試みだと思いました。

この作品は世界観を説明せずに感想を書くのが難しいので、以下はネタばれありです。
これから読む人は見ないことをオススメします。









この作品の主人公たちは臓器提供のために生み出されたクローン人間です。成人した彼らは早ければ一度目の「提供」で、運が良くても四度目の「提供」で短い生を終えます。それは絶対に避けられず、それゆえ彼らは淡々と従順に使命を果たします。面白いと思ったのは、この手のストーリーにありがちな悲壮感や生への執着といったものがあまり語られない点です。それはクローン人間や短命であるといった設定がただの舞台装置に過ぎず、作者が書きたかった本質ではないからだろうと思います。ある番組で作者自身も言っていたのですが、この作品は人間性について楽観的な見方をしています。自分の人生が残り少ないと感じた時、人は何を重視するのか。今際の際に我が人生に一片の悔いなしと想うには何が大切か。それは赦しであったり、友情や愛情、それらの記憶だとイシグロは言っています。自分の中の幸せな記憶、死んだ後も誰かの記憶の中に残ること。それは 死に対するpartial victory (部分的な勝利)でありconsolation against death (死への慰め)なのだと。自分も2年前に祖母が103歳で亡くなったとき、彼女は幸せだったのだろうかと考え、同じ結論に達したことがあります。誰もが考える普遍的な思想かもしれませんが、それを美しい文章で読ませてもらえたことがとても良かったです。
また、個人的に好感がもてたのは、主人公たちに対する普通の人間たちの反応が、基本的には嫌悪感だったということです。一番の味方だったエミリー先生やマダムでさえ、身震いを抑えるのに必死だと本人に明かします。そして最後まで人間と同等には扱いませんでした。それはとても自然な感情だろうと思うのです。クローン人間というものがもし本当に作られて自分の目の前に現れたら、きっと憐れみよりも先に畏怖を感じるだろうと自分も想像するからです。こういった描写のリアリティが、ありがちなストーリーでありながら陳腐さを感じさせない理由の一つではないかと思いました。

なお、自分が読んだのは翻訳された本でしたが、まるで最初から日本語で書かれているかのようにとても美しい文章だったことを最後につけ加えておきます。英語力がもっとついたら原書も読んでみたいですね。

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納車されました

今日(日付が変わってるので厳密には昨日)、新しく購入したバイクが納車されました。

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KTMの125Dukeです。その名の通り排気量は125cc。法律上、原動機付自転車に分類されます。6月末に予約して途中船便が遅れるといったトラブルもあり、なんだかんだで4ヶ月待たされました。その間ずっと自転車通勤だったので、まあ良いダイエットにはなりましたね。おかげで現在の体重は40kg台。これからすぐにリバウンドすると思いますけど。

ディーラーから家まで少し走った感じでは、グイグイ引っ張るようなトルクは当然ないにしても、フラットな特性で下から上まで良く回る印象でした。慣らし運転中ということもあり、やる気満々で加速する車にはさすがについていけませんが、下道なら十分流れをリードできる性能があります。少し心配していた足つきも、乗ってみると全く問題なし。何より車体を傾けたときのモーメントが非常に小さいので、取り回しがとても楽です。これなら、ちょっとそこまでって用途でも使う気になります。気軽に乗れるという意味ではやっぱり原チャっぽいですね。
まあ、このバイクを買うことに決めたのは見た目が全てだったので、実はエンジン性能とかそのへんは二の次だったりするんですが。今日、改めて全身を眺めて、惚れ直してしまいました。やっぱりCooooolですね。KISKAデザイン最高です。

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『ユニコーンの日(上)』~『虹の彼方に(下)』読了

機動戦士ガンダムUCの原作。読み終わったのはずいぶん前です。主に電車の中で読みました。全10巻ですが早い人なら1週間かからずに読めると思います。いわゆるライトノベルの類でしょうか。自分は雨の日の通勤でしか電車に乗らないので、例によってチマチマ半年ほどかけて読んでました。まあ、最初のうちは映像の進捗に合わせて読もうとしていたからという事情もあるのですが。
著者は『亡国のイージス』なんかで有名な福井晴敏さん。根っからのガンダムファンらしく、今回は自分から企画を立ち上げたとかなんとか。そういえばターンAガンダムでも小説版を書いてたような気がするなぁ。地の文もしっかりしているし、映像作品が先行したノベライズものとは違って、一つの作品として安心して読めます。エアロックの気圧が下がると次第に音が聞こえなくなったり、宇宙では大気によるボケがないために遠近感が掴みにくい、といった描写などSF的な科学考証は予想外に(といったら失礼かもしれませんが)しっかりしていて好感が持てました。ガンダム愛が抑えきれなかったのか、ところどころにやり過ぎ感の強いオマージュ?が散見されて、いくぶん2次創作っぽくなる面もありましたが個人的には許容範囲でした。ガンダムが好きならそれなりに楽しめると思います。ただし、ファーストガンダムにあまり強い思い入れがあると、逆に違和感のようなものを感じるのではないかなーとか、なんとなく思いました。やはり富野さんのカラーとは何かが違うような気がします。
個人的には物語の中盤で語られる、「すべての物事は人の善意から発している」という主張はなかなか興味深いと思いました。性善説と性悪説の戦い、と無理やりまとめられなくもないストーリーでしたね。落ちが少し甘ったるいというか予定調和なところはやはり漫画的ですが、そういったお約束の展開を含めて自分は十分に楽しめました。映像作品と同様、ガンダム好きなら読まないのはもったいないと思います。

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«徒然なるままに2011/10/10